最初は側にいられるだけでいいと思ってた。

側にいて、何気ない会話を交わし、その笑顔を見ていられれば。

・・・でも、その思いは一緒に過ごす時間と共に変化していく。

もっと近くなりたい、そして・・・もっと知りたい、あんたの事を。

 

Distance of love 2    

「・・・な、越前?」

 「・・・・・」

 「おい、越前ってば!」

 「・・・え・・・」

呼ばれる声に我に返り、声のするほうに視線をやれば、その身体を折り曲げるようにして桃城がリョーマを覗き込むところだった。

 「何すか?桃先輩??」

「何だよ。聞いてなかったのかよ、人の話?」

 「・・・はぁ・・・」

さっきから脇で何か言ってるな・・・というくらいの感覚でしかなかったので、彼の言葉など一言も耳に残っておらず、リョーマは肩をすくめる。

 「・・・ったく、お前って奴は・・・」

でも、結局は大した話はしていなかったようで、彼はぶつぶつ言いながらも自分の話を打ち切ると、その視線を今までリョーマが見ていた最奥のコートへと向ける。

そこでは幾人かの部員がラリーを続けており、桃城はその目を細めた。

 「やっぱいつ見ても綺麗だわ、あの人のフォーム。」

 「え?」

 「不二先輩だよ。」

いきなり桃城の口から零れたその名前に、リョーマは思わず彼の横顔を伺う。

「部長や大石先輩も完璧なフォームだけど、不二先輩のは型にハマっているようでいて自由な感じがするんだよな。何ていうか・・・同じ事してても優雅っていうかさ。」

 「・・・まぁね。」

桃城の言う事にリョーマは相槌を打つ。彼の言うとおり不二のプレイスタイルには他の部員にはない垢抜けしたものがある。

 「そういえば最近変わったよな。あの人?」

 「え?」 

「何か明るくなったっていうか・・・壁みたいなものが取れたっていうかさ。」

 「・・・ふーん・・・」

「あの人、優しい人なんだけど、どっか近寄りがたいオーラが出ててさ。あんまりこっちが踏み込めないって言うかさ。でも最近そういうのが薄くなったような気がするんだよな。」

 「・・・そうっすか?」

適当に相槌を打ちながら、リョーマは内心、喜びにひたっていた。

不二の態度、振る舞いこそ今までと変わりはなかったが、以前自分が彼に感じていた違和感は影を潜めたように見えた。

でもそれを感じているのは自分だけではないようだ。

休憩の声がかかったのか、練習の手を止め、打ち合っていた部員達がコートから出てくる。

菊丸と肩をならべ、何やら話しながら歩いてくる不二。

その頬にごく自然に浮かぶ微笑みを見つけ、リョーマは思わず微笑む。

あの笑顔が好きだ。

色々な事があったが、心からそう思う。

そして、あの微笑みを守りたいとも。

 「・・・お前、何笑ってんだ?」

 「え?」

気づくと桃城が訝しげな顔をして自分を見ており、リョーマは自分で思った以上にその笑みを表情に出てしまっていたらしい事に気づく。

 「そういや最近お前も雰囲気変わったな、越前??」

「・・・そうすか?」

「何かあったのか?ん??」

「・・・別に何もないっすよ。」

・・・変なところでカンのいいこの先輩は時に厄介だ。

そんな彼の視線を逸らそうと慌てて帽子を目深にかぶり直し、リョーマはその側から離れようとしたが・・・

 「!」

 「何逃げようとしてるんだよ、お前??」

不意に背後から襟首をつかまれ、背中一杯にずっしりと重みがかかる。

桃城に背後をがっしりと抱きすくめられ、動きを封じられたリョーマは思いっきり眉をしかめた。

「ちょっと!離してくれません?」

その腕を振り切ろうともがいてはみたが、その力が緩む気配はない。

 「・・・何か怪しいよな、怪しい。」

そして自分の言動に何を感じ取ったのか、桃城はますます訝しげな目を向けてくる。

さてどうしたもんだろうか・・・とリョーマが内心でため息をついていると

 「こら、桃!おチビをいじめるなよ〜」

快活な声のした方を振り返れば、菊丸がラケットの端で軽く桃城の頭を叩くところだった。

 「いじめてなんかいませんよ。」

ようやくその手を緩めた桃城が、不満げな声を出し反論する。

「でもこっちから見るといじめてるようにしか見えなかったよな、不二??」

そんな桃城をからかうつもりなのか、菊丸はわざとらしく眉をひそめ、不二の耳元に口元を寄せる。

 「ちょっと相手より自分が大きいからってよくないね〜、ああいうの。」 

「スキンシップっすよ。スキンシップ!英二先輩もよくやってるでしょ??」

 「オレ、桃みたいにウザくしないもん。」

「・・・どうでもいいから離してくれません??」

そんな二人のやり取りを聞きながらリョーマがうんざりしたような声を上げる。

 「いい加減暑苦しいっす。」 

「ほ〜ら、おチビ嫌がってるじゃん。離してやれよ。」

わが意を得たとばかりに菊丸が言えば、桃城は少々むくれた顔を作り、その手をリョーマから離した。

「・・・でも、君達はホントに仲いいんだね?」

それまで黙って皆の会話を聞いていた不二がくすくすと笑いながら、話に割って入る。

 「そうしてると・・・兄弟みたいだよ?」

 「オレが兄貴っすか?」

すかさずそう言ったリョーマに、不二は目を丸くし、そして吹きだした。 

「だってよ〜桃!」

こちらは豪快に笑いながら、桃城の腕を肘でつつく菊丸。

「でもさ〜案外その方がハマってるかもよ?体格の差は別にして。」

その言葉にむっとしてリョーマは菊丸をにらみ上げるように見つめるが、収まらなかったのは自分だけではないらしい。

「こら!越前!生意気言うなよ!!」

今の菊丸の言葉で完全にむくれたらしい桃城は、声を荒げ、再びリョーマを捕まえようとその腕を伸ばしてきた。

 「・・・っと!」

それから逃れようと飛びのいたリョーマだったが、不意に足首を強く引かれるような感覚にバランスを崩した。

“!”

浮いた視界に解けた靴紐を踏んでいる足元が映り、転ぶ!そう覚悟したが、意外にも身体を受け止めたのは固い地面ではなくて。

 「ナイスキャッチ、かな?」

 「ふ・・・じ先輩。」

頭上から響いた声に顔を上げれば、不二の柔らかく笑っている瞳が見下ろしている。

どうやら転びかけた自分を抱きとめてくれたらしい。

普段はほのかに感じる程度の爽やかで甘い香りが近くでして、それを認識すると同時に決まり悪さが込み上げてきたリョーマは慌てて不二から離れる。

それはまるで突きのけるかのような勢いで、そんなリョーマを少し驚いたような目で見た不二だったが、すぐに持ち前の笑顔を作り、彼へと向ける。

 「大丈夫?」

 「・・・すみません。」

 「あんまり先輩をからかっちゃダメだよ?」

 「そうだぞ、越前。先輩はもっと敬え。」

 「桃。」

 「はい?」

 「君も程ほどに・・・ね。」

 「・・・はい。」

不二にそう窘められ、頭をかきながら頷いた桃城に、周囲がどっと湧く。

その事で自分から周囲の注意が逸れ、同時にかかった休憩の声にリョーマはほっとし、これ幸いにと足早にその場から離れた。

 “やれやれ”

コートの裏手に適当な木陰を探し、腰を下ろしたリョーマは深々とため息をつくとその場に寝転んだ。

アメリカにいる時はひとりで行動する事が多かったせいか、集団に混じるのはあまり得意ではない。

そんな自分の事を知ってか知らずしてか、周りの人間は自分を出来るだけ仲間の輪に入れてくれようとしているようだが。

あちらにいた頃の自分を彼らが知ったらどんな顔をするのだろう。

今までの環境とはあまりに差のある現実にリョーマは苦笑し、瞳を閉じる。

時折頬を撫でる風が爽やかで優しい。その心地よさに大きく息を吸い込んでいると、人の気配と共に顔に影が降りたのを感じ、リョーマはその目を開けた。

 「・・・不二先輩・・・」

「こんなところにいたんだ。」

ここ、いい場所だね?そう言って半身起こしたリョーマの脇に立ち、ぐるり、と首をめぐらせた不二は先ほどリョーマがしていたように大きく息を吸い込む。

「どうかしたんすか?」

どうやら自分を探していたらしい様子の不二に、何かあったのか、と眉を寄せれば、振り返った彼はちょっと目を見張り、そして笑った。

 「別に何でもないよ。君の姿が見えないから気になって。」

 「ふうん。」

いつもどおりの笑顔の不二にリョーマはほっとすると、再びその場に寝転ぶ。

 「気持ちいい?」 

そんなリョーマを見下ろし、不二が問いかける。

 「・・・まぁね、あんたもやってみたら?」

 「そうだね。」

軽い冗談のつもりでそう言ったのだが、不二は素直に頷くと、リョーマの傍らに腰を下ろし、その場に身体を横たえた。

 「本当だ、気持ちいい。」

うん、と伸びをし、ごろり、と寝返りを打った不二は、リョーマを見て笑う。

「そう・・・っすか?」

そのまま無防備に瞳を閉じた不二に、リョーマの心臓が軽く跳ねる。

太陽に照らされて色を薄くした髪が、白い頬にかかっており、その対比が鮮やかだ。

伏せられたまつげはびっくりするほど長く、唇は艶を帯びたように赤い。

人形のように美しいその顔をすぐ間近にして、先ほど抱きとめられた時に感じた温もりと香りを急に鮮明に思い出したリョーマはごくり、と息を呑んだ。

気づけば手を伸ばし、不二の頬に触れていた。

思ったよりもずっと滑らかな感触が指先から伝わり、それと同時に開かれた不二の目が軽い驚きの色をたたえて自分を見つめてきたのにリョーマは焦った。

 「どうしたの??」

 「!あ、えっと・・・その・・・今日一緒に帰らない??」

そう口走った後、いくら言葉に詰まったとはいえ、なんて不器用な繋ぎ文句を言ってるんだ、とリョーマは自分自身に呆れる。

 「・・・いいよ。」

でも、不二が笑顔でそう応じてくれ、どうやら間に合わせの言葉だとばれずにすんだようでほっとしたのと同時に思いがけないところから手に入れた“約束”に胸が弾む。

「でも、君、今日ボール当番じゃなかったっけ?」

 「え?」

 「いやだなぁ。忘れてたの??」

 「・・・」

忘れていた事実を指摘され、上がりかけていたリョーマのテンションは一気に落ちる。

そして笑顔でその事実を自分に告げた不二に、やはり一筋縄ではいかないな、とため息をつけば、彼はおかしそうに笑って身体を起こした。

 「なるべく早く来てよね。・・・待ってるから。」

 「え?」

じゃあ、後で、そう言って立ち上がると、不二は再びリョーマを見下ろす。

 「楽しみにしてるから。」

 「先輩・・・」

少しはにかんだような、でも綺麗な笑顔を自分に向け、去っていく不二の背中を見送りながら、リョーマは微笑する。

少し前までは踏み込む事もできなかった不二の気持ちに自分という存在が入り込み始めているという事実が嬉しくて。

そして思う。もっと彼と近くなりたいと。

 

 

君にとって僕はどんな存在なのだろう。

友達と言うには近く、恋人と言うには遠いこの距離が時にもどかしくて。

でも、僕にそれを埋める“資格”はあるのだろうか・・・

 

 

 

一緒に帰る約束はしたものの、これといってリョーマとの待ち合わせ場所を決めていなかった不二は、とりあえず部室で彼を待つ事にした。

でも狭い部室の事、着替えを終えているのにその場にいてはやはり目に付くだろう

 「不二、帰らないの??」

 「ん、ちょっとね。」

早速かけられる声に曖昧に笑いながら、ひとまず部室を出る事にする。

でも、これといって何のあてもなく、結局ぶらぶらとコート脇を歩きつつ中の様子を伺えば、そう遠くない位置にボールを拾っているリョーマの姿を見つける。

 好きだよ。

今でもその甘い響きが耳の奥に残っている。

二つも年下の小さな男の子からの思いもかけない言葉。その言葉に自分はどれだけ救われたことだろう。

・・・でも、その言葉の意味はいったいどこまでのものなのだろうか。

少し前まで自分に起こっていた悪夢のような現実を、身を持って断ち切ってくれた彼。

自分以上の過酷な経験をしながら、それに負けることなく立ち向かい克服した彼。

そんなリョーマの強さと優しさに心惹かれている事を不二は自覚している。

今までも他人に対して淡い気持ちを抱いた事はあったが、これほどの思いを持って他人を見るのは初めてのことで。

でも、まだまだ小さい彼の背中を見るにつけ、その言葉に重みを持たせてはいけない、

とも思ってしまうのだ。

 傍にいられればそれで充分じゃないか、そうひとりごち、不二はその目を細める。

・・・と、偶然なのか、不二の視線に気づいたのか、リョーマがこちらをふり返った。

目が合った瞬間、きょとん、としたような顔をしたリョーマに、にこりと笑いかければ、彼は照れたように帽子の鍔を下げる。

でもこちらの様子が気になるらしく、時折ちらり、とリョーマの視線が流れてくるのを感じる。

彼が自分を気にしてくれている。

帰る約束をしたのだから当然といえば言えるけれど、そんな些細な事が嬉しい。

その視線を感じつつ、このままずっと彼を見ていたい衝動にかられたが、これ以上は彼の仕事の邪魔になる、そう思った不二は名残惜しくはあったが、その場から離れ、再び部室へと戻る事にした。

帰宅ラッシュが落ち着いたのか、先ほどまで戸外に響いていた部員の声もいつの間にか聞こえなくなっており、そんなに長いこと彼を見つめていたのかな・・・と苦笑しつつ、静まり返った部室のドアを開けた不二は、思いがけずまだそこに人間が残っているの見つけ目を丸くした。

 「うわ!ふ、不二先輩!!」

部屋の片隅にいた彼らが、驚いたように声を上げて振り返る。

てっきり誰も残っていないと思い込んでいたが、でも、自分以上に室内にいた彼らは驚いたようで、一斉に声を上げてこちらを見たのに不二は目をしばたいた。

 「?どうしたの??」

 「いえ、あの・・・」

その言動はいかにも不審で不二は眉を寄せるが、慌てて閉じた雑誌の端を目ざとく目に留め、おぼろげながら彼らの状況を理解する。

ちらり、としか見えなかったが、彼らの手元にあるのは肌もあらわな若い女性の載った雑誌。

彼らの驚きぶりからすると多分にいかがわしい類のそれだろう。

きっとそれを嗜んでいるところに自分が入ってきたのだな、と不二は思ったが、それ以上は口にせず、気づかないふりをしてプラスチックベンチの端に腰を下ろす。

 「おい、やばいぜ。」

 「でもこれどうすんだよ?」

 「って言っても落ちてたんだぜ?これ?」

 「だからってここに堂々とおいておくのもまずいんじゃないか?」

こそこそと話している内容からすると、どうやら彼らが嗜んでいた本は部室の中か外かに落ちていたものらしい。

これまた誰かが嗜んでいって処分に困ったものなのだろうが、いったい彼らはどう処分するつもりなのだろうか、と不二が考えていると、再び部室のドアが開いた。

 「・・・お疲れっす。」

 「!越前。」

 「越前!!」

不二のみならず、部室の視線が一斉に自分に集中した事に、さすがに面食らった様子でリョーマが目をしばたかせる。

が、すぐにどこ吹く風とばかりの表情を作り、自分のロッカーへと向かう。

ここで彼の身支度が終わるまで待っていてもいいのだろうが、二人連れだって帰るのはいかにも、と言う気がしたし、自分がいては後輩達もいかがわしい物の廃棄についての相談もしにくかろう、そう思い、不二は腰を上げた。

「じゃ、お疲れ。」

そう言って自分の背後を通り抜ける時、そっと目配せをしていった不二に、多分気を使ってこの部屋を離れたのだろう、そう察し、早く身支度を済まそうと、リョーマは早速着替え始める。

 「おい、越前。」

・・・と、不意に名前を呼ばれ、顔を上げれば、輪の中でも体格のいい一人が自分のすぐ傍に立っており、リョーマは眉をひそめた。

「・・・何すか?」

 「これお前にやるわ。」

素早く自分の荷物の上に放り投げられた雑誌に、リョーマは小首を傾げ、次いで眉をしかめた。

 「これって・・・」

 「これからお前にも必要になってくるだろ?それ見て勉強しろ。」

 「何勝手なこと言ってるんすか!」

部室内が微妙な空気だったわけにようやく思い当たったリョーマだったが、その尻拭いをさせようとしている先輩達に、呆れたような声を上げる。

 「じゃあ、そういう事で。」

「ちょ・・・あんたたち!」

でも、それをつき返したくてもちょうどポロシャツに腕を通しかけたところで、思うような行動が取れない。

そうこうするうちに彼らはそそくさと部室を出て行ってしまい、結局リョーマは一人残された形となった。

 「・・・全く・・・」

処分に困ったら困ったでそこいらに放り出しておけばいいものを・・・とぶつぶつ呟きつつ本を取り上げたリョーマは何気なくその雑誌をめくる。

 裸に近い女や、もろ裸の女達が無意味なしなを作ってこちらを見上げてくる写真にしょうもないなぁ、と思っていると、部室のドアが開く。

 「あ、ごめん、もうすぐすむから。」

入ってきたのが不二だと知り、リョーマは手にしていた本を放り出すと、再び支度へと取り掛かった。

 「これって・・・」 

「ああ、それ、先輩達の置き土産。」

放り出した雑誌を、小首を傾げて取り上げる不二にリョーマは苦笑してそう言う。

 「何もこんなとこで見なくてもよさそうなもんだけどね。」

 「・・・君はこれ、貰って帰るつもりなの?」

 「・・え・・」

ぱらぱらとそれをめくっていた不二がやけに静かな声でそう問いかけてきたのにリョーマは目をしばたく。

「君も・・・やっぱりこういうものには興味ある?」 

「そ、れは・・・」 

「でも、これは僕が預かるよ。・・・まだ君には少し早そうだからね。」

そう早口にまくし立て、素早くその雑誌を取り上げた不二はリョーマの返事を待たないうちにそれを自分のバックへとねじ込むようにしまう。

 「・・・先輩??」

 「・・・外で待ってる。」

その唐突な行動に戸惑いを覚え、眉を寄せれば、不二はそんな自分の視線を避けるかのように背を向け、扉を閉める。

その音がやけに重たい物に聞こえ、リョーマはため息をついていた。

 

 

もともと自分は話すのは得意ではないし、不二もどちらかと言えば人の話を黙って聞いているほうだ。

だから二人でいる時、会話が途切れてしまう事も決して珍しいことではない。

でも、普段ならそれほど気にならない静寂が今日に限ってはひどく重いものに感じて、リョーマは不二に問いかけた。

 「どうかした?」

 「・・・え?」

自分の声に驚いたように肩を揺らし、慌ててこちらを向いた不二にリョーマは眉を寄せる。

 「あ・・・と、何でもないよ。」

ちょっと考え事をしてただけ、そう言って微笑む不二にリョーマは内心で密かにため息をついた。

 そうやすやすと彼の胸の内に踏み込めるとは思っていないし、訳知り顔で彼の気持ちを踏み荒らしたくもない。

でも、こうして境界線を引かれる時はなんとも寂しく思う自分がいて、どうしていいかわからなくなる時があって。

悩むのは自分の性に合わない。思うままに突き進みたい。

でもそんな自分の気持ちよりも大切にしなければ、と思えるもの・・・

リョーマは手を伸ばし、不二の手をそっと捉える。

 「・・・あ・・・」

自分のいきなりの行動に驚いたのか、手のひらの中の不二の手が一瞬縮こまる。

そんな不二の手をほぐすようにそっと広げると指を絡めて手を繋ぐ。

 「越前・・・」

 「嫌?」

 「・・・そんな事ないけど・・・」

 「そう?」

戸惑ったように名を呼ばれはしたが、握った手は振りほどかれることはなく、リョーマは安堵しながらも、握りこんだ不二のその指先の冷たさに、自分のこの熱が少しでも伝わればいいのに・・・とどこか痛む胸で思った。